オスカー・カストロ・ネヴィス
ブラジルが生んだボサノヴァ ギターの巨匠
ブラジル音楽には欠かすことができないギターを半世紀以上にわたり弾き続けた男。今回ご紹介する人物は’オスカー・カストロ・ネヴィス’。残念なことに2013年9月27日にロスアンジェルスの自宅で亡くなられた。
< プロフィール >
出生名:Oscar Castro-Neves
出生:1940年5月15日 リオデジャネイロ
(2013年9月27日没)
経歴:アントニオ・カルロス・ジョビン等と同時期にボサノヴァの発祥地であるリオデジャネイロに於いて本格的な音楽活動を開始する。特に彼のガレージが音楽活動の拠点となった事は有名。1962年,ブラジル音楽がアメリカに進出する切っかけとなった歴史的 大イヴェントの制作をプロデュースを指揮。その後アメリカに移住し、数多くのブラジル系、ジャズ系、ポップス系の大物アーティスト等と共演を果たす。晩年トゥーツ・シールマンスと共に来日した事は記憶に新しい。知名度こそ低いが近代MPBの発展に貢献した、ジョビンと並ぶ重要人物のひとり。
アルバム : Double Rainbow
解説
ジョー・ヘンダーソンのリーダーアルバム。Side1ではジョー・ヘンに加えイリアーヌ、オスカー、パウロ・ブラガといったお馴染みのメンバーでブラジリアン・ジャズを演奏。Side2ではハンコック、マクブライド、ディジョネットといった豪華メンバーによるJazz。両サイドともジョビンの超有名どころの曲が収録されてる。オスカーのテクニックを知る上で必須ともいえるアルバムである。ジャズファン、ブラジルファンにも楽しめるチョット贅沢なジョー・ヘンの代表作。収録曲の中からギタリスト必聴の名演をご紹介しよう。
スポンサーリンク
オスカー・カストロ・ネヴィスのプロフィール
出生〜幼年時代 (1940〜)
彼は1940年5月15日にリオデジャネイロで生まれた
生粋のカリオカである。
幼いころはブラジルではポピュラーな楽器「カヴァキーニョ」を演奏していたと言われている。
カヴァキーニョはマンドリンみたいな小さな楽器だ。ギターの幼児教育に「ウクレレ」を使う事があるが、
彼も幼少の頃からカヴァキーニョを通して弦楽器に慣れ親んでいたのだろう。
青年時代 (1955〜 )
彼は15歳の時、兄弟や従弟のプレーヤーとバンド結成し、純粋なジャズプレイヤーとして音楽人生をスタートしている。10代半ばで作曲した彼の代表作「Chora Tua Tristeza」(悲しみを叫べ)は確かにジャズ的な香りがする名曲でカルロス・リラを始め多くのミュージシャンによって演奏されている。
彼は10代の頃、リオの南部(ボサノバ発祥の地)で活動しており、その若さでジョビンの耳に止まる事となる。
1950年代といえば、ボサノヴァ創世記時代。その熱い時代に彼はジョビンと知り合い、交友関係が生まれている。
アメリカへ上陸 (1962〜 )
1962年 カーネギーホールに於いて、その後ブラジル音楽を世界に知らしめた歴史的コンサートが開催され、成功を収めている。そこでのオスカーは単に演奏家としてだけではなく、プロデュ‐ス、マネージメンに至るまでの一切を取り仕切っていた。彼は祖国ブラジルの音楽がアメリカで成功を収めであろう事にを信じ、この一大イベントに人生の全てを賭けていた。。
世界へボサノヴァを発信
これをきっかけに、ボサノヴァがアメリカのジャズ・ミュージシャンの耳に止まる事になる。スタン・ゲッツを筆頭にアメリカのジャズ・シーンで取り上げられ、アメリカを踏み台にボサノヴァ音楽が世界へと発信されていった。オスカー自身もアメリカを拠点とし、スタン・ゲッツ、ジョー・ヘンダーソンといったビッグ・アーティスト等と共演を重ね、アメリカに移住した後は世界を股にかけ演奏活動を展開している。近年ではトゥーツ・シールマンスやレイラ・ピニェイロらと共に度々来日した事も記憶に新しい。
彼の生涯を通じて生産されたプロダクトは大きすぎる。
この位に留めるが、オスカー・カストロ・ネヴィスこそがブラジル音楽の
伝道者であった事に疑いの余地はない。
スポンサーリンク
オスカー・カストロ・ネヴィスのギターテクニック
ざっと彼の経歴を紹介したが、彼がブラジル音楽の普及に大きく貢献した事はお分かり頂けたと思う。しかし、私が投稿に思い至ったのは、1人のギターリストとしてのオスカーに強く惹かれていたからであった。
彼の 超絶テクニック を聴いてみよう
私の関心事は唯一、彼のギターテクニックにある。
冒頭で紹介したアルバム「Double Rainbow」で彼が演奏する
「Once I Loved」こそが、オスカー・カストロ・ネヴィスの全てを物語る
1曲であり、ここに彼のテクニックが凝縮されている。
この曲のライブ映像を発見したのでご紹介しよう。
映像サイト検索キーワード :Joe Henderson - Once I loved
ブラジル音楽はスピードが命
この曲はジョー・ヘンダーソンとのデュエットで演奏されている。
アルバムのテンポは1分間に100拍、つまり1拍の長さが0.6秒になる。
※映像ではおよそ116拍、アルバムより更に速い。
16分音符でカットする為場合、1音符のタイムは0.15秒となる。
即ち彼の右手は0.15秒間隔で1つのコード弾いている。
ボサノバの一般的な奏法は右指で弦を下から上へ弾いて音を出すが、毎回
弦の下側に指を移動していては、このテンポに対応出来ない。
アップテンポにおける彼の奏法は、上から弦を叩くような、ちょうどタンボリンを指で叩く感じでコードをカットしていく。
メトロノームを100に設定してこのテンポで1拍に4回机を叩いてみると、いかに大変な事かが分かる。
更にギターの場合は、打楽器と違い、弦を上から叩いただけでは音が出ない。彼は上から叩くように細かく手首を動かしながら、指先の僅かな動きで弦を弾いてる。
手首の動きに頼りすぎるとベースを弾く親指が一緒に動いてしまい
正確にベースを維持できない。
親指が動かない僅かな手首の動きに加え、指先の微妙なタッチで弦を弾かなければならない。
この激しい運動量の中、各弦のバランスは完璧であり、更に細かな
ニュアンスを加え、迫力あるドライブ感を表現している。
スピードにこだわるブラジル人の工夫
細かい話になるが下記のUm7/V7のコードはしばし使われる繰返しの
パタンである。
ジャズでは6弦を中指で抑え、3,4,5 弦は薬指でセーハする人もいるが
サンバでは6弦を人差し指、3,4,5 弦を中指、薬指、小指で押さえる。
セーハするとコードが変わる時左手の運動量が多くなり、アップテンポに
ついていけなくなるし、細かいミュートも出しにくい。
映像でもわかるとおり、オスカーは殆どセーハは用いていない。
何故ブラジル人はスピードにこだわるのか ?
中南米音楽の魅力はリズムにあり、それを支えるのは打楽器だ。
ギターもリズムを刻むという点ではパーカッションの位置づけになる。
ジャズ・ミュージックとは違い、絶え間なく弾き続けなければならない。
彼らはどんなアップテンポにも追従できるよう、あらゆる工夫を重ね、
スピードと持久力を身につけている。
ブラジルが圧倒的にサッカーが強いのもその辺に理由があるように思う。
おすすめ 関連作品
アルバム : Sings Jobim
解説
1曲を除く全てがジョビンの名曲が収録されている。オスカーは全編にわたりその軽快なバッキングを披露している。全曲とてもオシャレで聞きやすく、ボサノバが初めての方にも是非お勧めの作品。15年ほど前にサントリーがTVのCMに使ったContinentaも収録されている。サイドマンはオスカーを始めマイケル・ブレッカー、マーク・ジョンソン、パウロ・ブラガといった超大物揃い。
スポンサーリンク
アルバム : Dreamer
解説
ここのアルバムではイリーアーヌはピアノを抑え、彼女の囁くような大人の歌がフィーチャーされている。どれもソフトでムーディーな雰囲気に溢れており、一人でゆっくり聴くもよし、パーティーやお店のBGMに使うもよし。単なるイージーなアルバムではなく、実力者ぞろいのサポートを得てこの上もない上質なサウンドに仕上がっている。「DORALICE」ではオスカーお馴染みの素晴らしいカッティングとイリアーヌのデュエットが楽しめる。
おすすめ 映像
ウィルソン・シモニーニャ との「ジェット機のサンバ」
ここでも小気味よいご機嫌なバッキングを披露してる。
理屈なしでブラジルサウンドが楽しめる、実にいい絵だ。
検索キーワード :
Wilson Simoninha Canta Samba do Aviao
オスカーの代表作 Chora Tua Tristeza
冒頭でも紹介した彼の作曲による初期のヒット曲。
検索キーワード :
Cris Delanno e Oscar Castro Neves - Chora Tua Tristeza
Doralice
ここではオスカーではなく若手のギターリストが演奏している。
オスカー通りの演奏を必死に演奏している姿が見て取れる。
コメントは控えるがドライブ感の違いを比較してもらいたい。
検索キーワード:
ELIANE ELIAS | A Doralice - YouTube
最後に
私の母は生け花の教授をしていた。
私はその辺については全くの無知で、母が活けた花を見ても
その良さが全く分からなかった。
ある日お弟子さんが活けた花を見る機会があり、その時母が活けた
花の美しさに初めて気が付ついた。
本物は極めて自然に伝わり、その心地良さ故にあっという間に
通り過ぎてしまう。
オスカーもそんなギターリストで、彼の奏法を模倣してみて初めて
彼の凄さが分かる。
こうやってオスカーの記事を書いていると、つくづく彼の死が
残念でならない。
合掌。
スポンサーリンク
投稿一覧 [1][2][3]
ページトップ ホームページ ギタリスト特集 女性ボーカル特集
